(Source: d.hatena.ne.jp, via quote-over100notes-jp)
森山が26歳の時に知り合って3年間ほど付き合った3歳年上の女性の思い出を書いている。当時森山はすでに妻子がいたが、仕事のために東京に事務所を借りて住んでいて、彼女と深く付き合った。森山が29歳のとき、ある賞の新人賞をもらった。いつも金欠病だった森山はよく彼女にフィルム代や印画紙代を出してもらっていた。それで賞をもらったあと、やや改まった感じでひとことお礼を言った。「別れてしばらくたった頃S子から最後の手紙が届き、いろいろと気持ちの整理を済ませたなどと書いてあり、終わりの方に、アナタから賞のお礼を言われたときが二人の時間のなかでいちばんうれしく、もうあれで充分でした、といった意味のことが記されていた」。
18年後、ふと乗った電車が停まった駅が昔彼女が住んでいた駅名だった。思わず降りて、昔彼女が住んでいたアパートへ行ってみる。「階段に錆びて並ぶ郵便受けのひとつに、まぎれもなくS子の名前があった」。
"ありったけの言葉を抱っこし頑張る僕カッコイイ わかりあえないことから
わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書)平田オリザ
(via ginzuna)
(Source: arekayasi.blog35.fc2.com, via ginzuna)
本邦に目を移すと、80年代からメジャーシーンに登場した久保田利伸が、前述した『Pファンク』のメンバーをアルバムに呼び、また本場アメリカでも活躍するなど、ファンク志向の濃い音楽を作り出している。
その久保田が本場のファンクを本邦で奏でるミュージシャンだとするなら、プリンスの影響が強い岡村靖幸は、本場のファンクのダンサンブルさを会得しながら同時にポップさや日本的泣きの感覚なども融合させ、より邦楽/J-POP的なそれへと落とし込んだ極北であろう。この方向ではスガシカオなども日本のヒットチャートにファンクを融合させる課題に取り組んでいる。アイドルでは東京女子流が「どファンク」で有名である。
グループそのものや楽曲は非常に有名ながら「ファンクをやっている」と聞くと意外な人間が多いかもしれないミュージシャンを挙げると、「君がいるだけで」や「浪漫飛行」で有名な米米CLUBだろうか。デビュー当初からツインヴォーカルの片割れジェームス小野田がメインに立ち、ブラウンへのオマージュが色濃い正統派ファンクを披露していた。
"そう、ココ重要。大学(や大学院)を卒業する前に結婚するとか、子供を持ってしまうとか、そういうタイプの男は大抵「ちょっと不思議ちゃん入ってる女の子と知り合って」なんだよ。そして、そういった場合の結婚というのは、振り返って考えると「ギャンブル」というよりは、「ちょっと不思議ちゃん入ってる女の子」の濁流に流されたカンジなんだよ。
(via kashino)(Source: satotarokarinona.blog110.fc2.com, via peckori)
Twitter / ms06r1a (via pudknocker)
自分の意図どおりになることを相手にまったく期待しない
(via zaiga)
(Source: twitter.com, via yellowblog)